お侍様 小劇場 extra

    “芽吹きのころには” 〜寵猫抄より
 


春の到来を告げるそれ、
沈丁花や水仙、
梅や桜、木蓮などなどといった
早春にお馴染みな花々のお目見えの頃も
さすがに過ぎゆきての、
今はすっかりと青葉の季節。
盛春を過ぎての初夏を感じさせる陽光の下、
藤やツツジ、ユキヤナギが
瑞々しい新緑の中にようよう映え。
殊に 空木やニセアカシアの白が、
緑の木立の中で風に揺れる様の鮮やかさといったら、

「桜の風雅さと
 いい対比かも知れないねぇ。」

淡色なのに華やかで、
圧倒的な存在感もつ桜花の対極として、
つんと冴えた香りや木葉擦れの音も清かな、
青竹の凛とした清冽さを挙げる人も多かろが。
目の前にこうまで鮮やかな、
緑清しい見栄えがあってはねと。
ついつい深呼吸をしてみた自分に、小さな苦笑が洩れもする。
買い物帰りの通り道にある
こじんまりとした緑地の小径へ、
いいお日和なのに誘われて踏み込んでみた七郎次。
涼やかな風に金の髪をくすぐられ、
水色の視線を放ったところ、
思わぬ景色に迎えられた格好となり。
ついついその足を止めている。
すると、

「にゃ?」
「みゃあ?」

ゆらゆらと優しく揺れていた揺りかごが
ぴたりと止まったまんまなことへ
彼らなりに“おややぁ?”と不審を感じたものか。
トートバッグとは別口に提げていた、
ちょっとしたピクニックにお供出来そうなサイズの
籐製のバスケットのほうが、
かさこそという小さな物音を立て始め、
勝手に蓋をパタパタと躍らせ始めるに至って。

「ああ、ごめんごめん。」

お買い物といっても、
特に要りようなものや急ぎの何かがあってのそれじゃあない。
あんまりいいお日和で、
とはいえ、御主の勘兵衛は
馴染みの雑誌社から夏の号への書き下ろしを依頼され、
只今 絶賛執筆中という身でおられ。
出来れば静かにそっとしておいてやるべきなのに、
元気が有り余っている子猫二人が、
駆けっこの弾みでお廊下の板張りをたったかたと鳴らしまくりの、
はたまたリビングでカーテンを駆け上がった悪戯へ
七郎次さんからの“こらっ”という叱咤のお声が、
いい響きのまんま飛び交うことともなりかねぬ。
そこでと、彼ら揃ってお散歩がメインの外出だと運んだ昼下がりなのであり、

「二人とも 表へ出てみるかい?」

お茶屋さんや雑貨屋さん、
お煎餅屋さんと回ったここまでを
大人しく良い子でいたのだから、
そのご褒美もかねてと。
柔らかに微笑いつつ、手近にあった車止めのU字ポールに浅く腰掛け、
お膝に置いたバスケットの蓋をタッセル外して上げてやれば、

「にゃっ!」

一度上がり損ねて落ちかかったの、
中から勢いよく跳ね上げたものらしく、
パンっと威勢良く開いたそのまま、
向こう側へと垂れ下がった蓋の縁。
小さな小さな手が よいちょとそこへ掛かったそのまま、
つぶらな瞳の愛くるしいお子たちが
わあ眩しいな、でも涼しいぞと、
キョロキョロしながら中から伸び上がってきて
柔らかな毛並みに覆われた三角のお耳を
ふるふると震わせて見せており。

「あら。」
「まあまあvv」

通学や通勤の人通りも落ち着いた時間帯、
それでも静かな公園を目当てに来たのだろ
日傘を手にしたご婦人なぞが、
わざわざの声をかけるほどではないながら、
それでも…何とも綺麗な風貌の異人さんと、
そのお膝の籠から顔を出した
可愛らしい二匹とに目線を奪われるのもしょうがなく。

「にぃみいvv」
「みぃにゃvv」

後足で立って籠の縁から顔を出し、
ちょこりと揃えた小さなお手々の上
綿飴みたいなキャラメル色の毛並みごとくりくり動かしていたのが
久蔵という古風な名前のお兄ちゃんなら。
艶やかで柔らかい漆黒の毛並みをつややかに温めている小さいのが、
芸はないけど分かりやすい、クロと呼ばれている弟分。
何だ何だとまずは周囲を見回していたものの、
まだまだ小さく好奇心も旺盛で
何より元気を有り余らせているおチビさんたち、
籠の縁へ小さな爪を立てて 幼くも危なっかしい所作にてよじ登り、
後足までもと登りきってしまうと、
そこからは大胆で颯爽としたもの、
小さな身には結構な高さだろうに
多少なりとも怖くはないものか、
七郎次さんのお膝を経由して、
身軽に足下までを飛び降りてしまう。

「遠くに行ってはいけないよ?」

ちょっと前なら
リードもなしにこんな開けたところで放すなんて、
過保護がすぎてのこと
そのまま迷子になったらどうしますかなんて、
怖がっていたはずの七郎次おっ母さんも。
今じゃあ“迷子になるなよ”とこっちから言って
送り出してやるほどにはなっており、

「みゃっ!」

それへのお返事のような間合いで、
キャラメル色のメインクーンさんが短く鳴き、
クロちゃんが止まりもしないで駆けだしたのを
待て待て〜っと、小さな後脚 軽快に蹴り上げ、
陽にぬるく温められた 擦り切れた下生えの上、
たかたったと追ってゆくのが何とも無邪気。
子猫たちの側でも心得ているようで、
七郎次の姿が見える範囲の開けた辺りを、
緑色のまま落ちたのか、それとも人の手で剪定されたか、
青々しい葉っぱが縁石の脇に落ちていたのを容赦なく蹴散らし、
旋回したり八の字を描いたりして駆けっこする程度の
お利口さんな範囲でのはしゃぎようなのだが、

 《 …?》

こうまで陽の高い頃合いだというに
踏み固められた小径を白く晒す陽の向こう、
そちらも濃さを増している木陰の暗がりに、
風になぶられ、躍る新緑の影に紛れて
微妙にズレつつ揺れている“影”があり。
その気配を嗅ぎとったものだろか、
甘い茶色が、お連れのお兄さんには
どういうものか けぶるような金髪に見える、
華奢で愛くるしい小さな男の子。
フリースぽい普段着の肩越し、
さわさわと風と囁き合っているよな、
木の葉擦れの音に何かを見いだそうとしてか、
動きを止めると、じいとそちらをだけ見つめ始めており。

 《 キュウゾウ兄ちゃ?》

小さなクロが声をかけても、
子猫としてのお尻尾を揺らしもしないで、
何だろ何だろと見入っておいでで。

 “しっかとは思い出せないらしいが…。”

実は昨夜のこと、
少し強い風が吹きつむ中を、
息をひそめるようにして
寝静まってた屋敷に忍び入ろうとしていた気配が一つ。
木の芽どきには、それもあのお屋敷にはよくあることとて、
邪妖狩りの守護役らが、
夜陰の中でも見通す眸をもて、
相手をあっさり見あらわし、
そのままさらりと斬って捨てたまでだったのだが。
昼間の坊やは記憶に封がなされているので、
七郎次に負けず劣らずの美丈夫となり、
双刀振るってそれは鮮やかに
邪妖を廃したことなぞ、
微塵も知らずでいるに違いなく。

「久蔵?」

急に微動だにせずの態となった腕白さんへ、
七郎次も気づいたか、案じる声をかけてやり、

「みゃあ。」

その気配にはさすがに気づいたか、
むずがるような顔をして、
抱っこしてと自分からも手を延べ、
あのねあのねとでも言っているものか
にゃあにゃあみぃと、切なげな声を懸命にあげて甘える仕草。
想いを伝えられない幼子の哀願では、
どんな気丈な者だって陥落させられるというもので、

「うんうん、判ったよ。もう帰ろうね。」

様子がおかしいと やはり駆け寄ってきたクロも
ひょいと掬いあげるよにして腕の中、
愛し子二人を “よーしよしvv”と甘い声にて慰撫しつつ、
放り出すよに置き去りにしたバスケットまで戻ると、
そろそろおやつの時間だねと、
家で待つ御主様と囲むスィーツのこと、囁きかけての宥めに入るおっ母様。

もっと遊んでよと名残惜しげに、
乾いた落ち葉が緑のまんまでカサコソ呟いてた初夏の午後でございます。



   〜Fine〜  15.05.22.


 *もう夏かという陽気が続いておりましたが、
  昨日はちょっぴり涼しかったですね。
  こういう乱高下が体調を崩す元という、
  いい歳になったことを
  重々思い知らされております。(とほほん)

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